くれよんのとうろんかい
第一題 世の中の不条理さについて


「今日のお題は、『世の中の不条理さについて』だ。皆の活発な意見を期待する。」
暗闇のなか、白が言った。
「そりゃまた物騒な話題を持ってくるねぇ。」と白に応じて、赤が。
「この頃そーいうの多いよね、白。」と緑。
「はいはーい、緑せんせぇ、『不条理』って何ですかぁ?」と少々ふざけて黄。
訊ねられた緑は、黄でも理解できるように言葉を選んで簡潔に述べた。
「まあ要するに、理屈に合わないことっていうような意味だよ。」

「理屈に合わないことっていえばさ、俺、10÷3×3が10にならないのが不思議なんだよな。」と赤。
「10にならないのか?」
青がそれこそ不思議そうに応じる。
「頭のなかで計算すればちゃんと10になるんだけどさ、電卓で計算すると9.9999とか出るんだよ。」
「えー、なんでなんでぇ?」
いつ電卓でそんなことを、という謎を軽やかにすっとばして、黄が疑問の声をあげた。
「不思議だね。」と緑。
「なんだ、緑もわかんないか。じゃあこれは永遠に謎だな。」
白がそうおさめようとすると、途端に赤に噛みつかれた。
「それで終わりにすんなよっ!」
「緑が分からなくてその謎が解けると思うのか?」
いつも冷静沈着な青は赤をいさめようとするが、どうやら逆効果におわったようで。
「でもさ、でもみんなで考えれば分かるかもしれないじゃんか。」
「三人集まれば文殊の知恵、とでも言うつもりか?」
いつまでも口論を続けそうな青と赤に、緑が苦笑しながら割って入った。
「ほらほら二人とも、僕が分からないからといって全然理解不能な問題なわけじゃないって。赤の言うとおり、もうちょっと考えてみようよ。」
「…………それはキカイがいけないんだよ。」
珍しく控えめに、黄がぼそりとつぶやいた。
「10なんてもともと3で割り切れるような数じゃないのに、電卓がそれを許さなくて、えーと、なんていうか、無理やりに?……小数点以下の数を作りだしてさ、だからわかんなくなっちゃうんだよ。」
言いながらも自分でもわけが分かっていないのか、やや意味不明瞭なことを口走る黄に、緑はうんうんと頷いた。
「機械が無理に数字をきっちりと割ろうとするから、9.9999みたいな永遠に続く割れてない数字が出るんだよね。」
「10と9.9999なんてそう大して変わらないんじゃないか?」
青が素朴に疑問を口にすると、赤がそんなことない!と言い返した。
「9.9999はどこまでいっても9ばっかだけど、10は10じゃないか。10と9.9999は別物なんだよ。」
赤はいかにも不満だ、と言いたげに口を尖らした。
「9.9999は電卓というキカイが作り出した、一時しのぎの数なんだよ。」
結局緑がそうまとめた。
9.9999は、いわば電脳社会に生まれた一種の歪みなのではないのか、と。

「じゃあキカイなんてなきゃいいじゃん。」と黄。
「なかったら困らないか?」と青。
「そりゃ・・・確かに困るけどさ。」
青の追撃に言葉を詰まらせた黄は、別にきっと青は困らないよ、と拗ねた。
「いっそのこと、全部自給自足にしちまえばいいんでない?。」
赤が究極論を述べると、緑がうわ、と声をあげた。
「それは大変そうだよ、赤。だって今の人間は自給自足で生きていくための技術を持ってないんだし。」
「でもさ、自分で畑作って耕して収穫して、海行って魚釣ってきて、牛飼って、それでオッケーじゃん。」
田舎暮らしへの憧れでもあるのだろうか、赤はキラキラした声で語り続ける。
「……牛で思い出した。」と白。
「んあ?なんだよ?」
自分の意見を披露しているときにさえぎられて、赤は少々とがった声で白に応じた。
さえぎった張本人の白は、考え込みながらぼつぼつとしゃべりはじめた。
「松坂牛とか飛騨牛とかって普通の牛とどこが違うんだ?生まれた場所がただ単に松坂だったってだけなんじゃないのか?」
突飛といえば突飛すぎる意見に、一瞬彼らは反応を返せなかった。
「例えば北海道の牛を松坂に連れてきて売ったら、それは北海道の牛として売られるのか?それとも松坂牛として売られるのか?けどそれ自体は松坂牛ではないのだから、松坂牛として売ることはないのではないか?」
黄が静かに緑にささやいた。また始まったよ、と。
自分の考えにはまり込みながらその断片を口に出すのは、白の特技だ。
特技というべきではないのかもしれない。もしかしたら、欠点ともいえるかもしれないのだから。
「でも松坂という土地が牛を松坂牛というブランドとして売る以上、北海道の牛も松坂牛として売らないとまずいのではないか?松坂牛と北海道の牛が肉売り場で並んでいるとして、値段を抜きにすれば客はみな松坂牛を選ぶに決まっているのだから、北海道の牛をそのなかで売るのは至難の業だ。だから松坂で育った北海道の牛は松坂牛という名前で売られてしまうのではないか?」
白の頭上ではてなマークが点滅している。
つぶやきつつも彼の思考はまとまらず、次々に導き出される疑問に頭がパニックに陥っているらしい。
「白、もうそれくらいにしろ。お前の問いに答えは出ない。」
寡黙な黒が、今回初めて口を開いた。
白がこのような状況におちいってしまったとき、それを引き上げるのはいつも黒の役目だった。
自身の思考にはまった白を止められるのは、黒以外にいないのだ。
黒はそれだけ言うと、また口をつぐみ、沈黙の中に身をおいた。
「えーと、白?きっと北海道の牛は松坂には行かないと思うよ?」
すっかり毒を抜かれた赤が、あわててフォローに入る。
「そうか?」と意外そうに白。
「きっとそうだよ。」と緑。
白はいっつもこうだもんねー、と黄が舌を出した。
「もしかしたら松坂の草は他と違って栄養価が高いとかそーいうので良い草だったりして、それを小さいときから食べてきた牛は他と違うのかもしれないし。」
赤が意味の通ってないフォローを続ける。
白は怪訝そうに赤を見ていたが、そんなもんか、と意外にあっさり納得した。
それはちょっと違うと思うんだけどなぁ、と緑は心の片隅で呟いた。
飼育方法からエサまで、何から何まで普通の牛とは違うのだ、と思いながら、けれどそれを説明するのはいちいち面倒だからと口にはのぼらせなかった。
赤は、白が納得したことで得意になっているのか、満面の笑みを湛えている。
緑はそんな赤を哀れそうに見て、真実を話すか否か迷い、それでも口を開くことはなかった。
他人にはそれと悟らせないのだが、緑はかなりの面倒くさがりやだったりするのである。
「とりあえず、その話題は私達が話すには適していないな。」と青。
「なんで?」
黄が訊ねると、青はきっぱりとこう言った。
「私達は松坂牛や北海道の牛を食すことはできない、だからどこが違うのか分からない。理由なんてそれで十分だ。」
青の決然とした様相が、それ以上の追随は許さない、と語っているのを感じて、皆は口を閉じた。

「ていうか、一番この世で不条理なのって実は僕達だったり。」
緑が愉快そうな口調でそう言った。
「確かに。たかがクレヨンが世界を語るなってカンジ?」と黄。
「いいじゃん、俺達みたいなクレヨンでさえ、世界のことを真剣に考えてんだよ。」
赤が黄に反論すると、白が頷いた。
「そのとおりだ、赤。」
「だが私達が考えてもどうにもならないじゃないか?」と青。
「まあ、結局のところ、そーいうのを考えて実行するのは人間なんだからね。」
緑は、はあ、と短くため息をつくと、天を見上げた。
「でも人間はそれをしてくれないから。」
「……不条理だよなぁ。」と赤。
「そうだよねぇ……。」と黄。


「ママー、あした、ようちえんでおえかきするってー。」
「あらあら、じゃあクレヨンを持っていかなきゃね。」
「だしてだしてー。」
「待ってね、確かこの前この辺に置いたわよね……。」


「来るぞ。」
黒が短く告げた。
「じゃ、今日の討論会はここまで。また、次の議題を考えておく。」と白。
その白の言葉を最後に音がなくなり、沈黙が訪れた。





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