桜の下には


『桜の下には屍体が埋まっている』なんてのたもうたのは誰だったか。
何かの小説の冒頭の言葉だった気もするが、それも不確かで。
唐突に、それが本当なのか見てみたいと思った。

「ねえハル、桜の下、掘りに行こう」
「なんで」
「桜の下に屍体が埋まってるから」
「…………」

僕は穴場をしっていた。
満開の桜がただ一人でたたずむ場所を。
その桜は美しくもなぜか他者を寄せ付けないような空虚な雰囲気をまとっていて、人々はやがて其の花を愛でることをしなくなっていた。
それでも桜は毎年太い幹をしならせるほどたわわに花をつけ、年輪を増やしてゆく。
僕がこの場所を初めて訪れたときも桜はたった一人、むせかえるような甘い匂いをただよわせながら花びらを散らせていた。

手に持ったスコップを地面に落とす。
土がスコップを拒絶するかのように一回大きく跳ね返す、カランカランとそれなり大きめの音をたててスコップは転がり、そして静止した。
僕はその様子が面白くて、もう一度とスコップに手を伸ばす。
スコップの柄を掴み取った時に微かに指先が地面に触れ、伝わったのは土のざらりとした感触と、意外にひんやりとした地球の体温。
ふと目線をずらした先にうず高く積もったあわいピンク色の花びらの山を見とめて、僕はしばらくそれを凝視した。
そして、僕はあるひとつの考えにたどり着き、あくまで意図的に。
手に持ったスコップを地面に落とす。

結局一緒に来てくれていたハルは、怪訝そうにこちらを見やり、
「アキ。何やってんだよ、掘るんじゃないのか?」
僕をうながすように問いかけた。

僕は彼に向かって一回ゆっくりと頷くと、ひどく緩慢な動作で上を見上げた。
そして思う。


……やっぱり桜の下には屍体が埋まっているのかもしれない。
桜はとても綺麗だから。
その美しい色彩を天に散らすその様は、あまりにも綺麗だから。
だから人は、桜の根元など見はしないのだ。
桜の木の下を気にする者など、存在しえないのだ。
その好環境を喜んだのはもちろん人を殺すものたち。
彼らはこぞって死体を桜の下に埋めたのだろう。
もの言わぬ死体たちは、土の中で安らかに眠り、傷口からじくじくと染み出す真紅の血液で桜の花びらをあわく赤く染めたのだろう、と―――。


ざくっざくっと土が掘り返される音が連続して続き。
やがて僕らのかたわらには小さな山が出来て。
散った桜の花びらを薄く積もらせたその小山をしばし眺めて、僕はただ物思いに耽った。
無表情にスコップをふるい、深く深く穴を広げていた僕の友が、
「どうしたんだよ、本当に。さっきからアキ、おかしいぞ?」
僕を振り返り、先ほどよりも怪訝そうに僕に聞いた。
おかしいかなあ、と幾分ぼんやりとしてきた頭で考える。
僕は、不意に浮かんできた二つの疑問のうち片方を、何気なく口に出した。

「ねえ、ハルはさ、僕が死んだら泣いてくれる?」

答えはすぐに返ってきた。

「泣くワケねぇよ」

僕はあははと甘ったるく笑い、あっさりと言ってのけたハルの顔を覗き込む。
そして、最初で最後の遺言を彼に遺した。


「僕が死んだらさ、僕の屍体をここに埋めてよ」

「何で」

「きっと、綺麗に桜が咲くよ」





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