飛行機雲と流れ星


「ねぇ、ナツは、流れ星ってどんなものだと思う?」
私がフユを気に入ってる理由の一つに、彼女の突拍子のなさがある。
学校帰り、夕暮れの学校を背中にしながら、彼女は言った。
「流れ星?」
突然の話の飛躍に、私はいつもついていけずに戸惑う。
今さっきまで、実に一般的な、甘いもの好きの女の子らしい、サーティワンの新作フレーバーの話をしていたはずだ。
フユは、ワイルドアマゾンという今月限定のアイスが食べたいらしい。なんでも、チラシにのっていた写真のその色合いに惹かれたんだとか。緑とオレンジのそのアイスに、私も目をひかれたことは確かだが、どうしても私はその奇特さに食べたいとは思えない。
と、そこを追及していくことは、彼女の前では無意味だ。
なぜかって、フユはもともとそういう人間だから。

ふと見上げると、夕空を真っ直ぐに進む飛行機。そしてその軌跡が目に入った。
「……流れ星、ねぇ。一般的には願い事が叶うとかあるんじゃない?」
私が軽くそう告げると、フユは首を振った。
「そうじゃなくて、ナツ自身がどう思ってるか知りたいの」
彼女の好奇心、知りたい欲は底知れない。今まで何度質問攻めにされたであろうか。
そんなことが頭を過ぎったけれど、まぁそれは無視するとして。
「……直感的な答えでなくて良いのなら、答えるけど」
おずおずと申し出ると、それでもいいとのお許し。

「私が初めて流れ星を見たのは、夜の10時過ぎ、塾帰りだった」
そのときの私は、高校受験を控えた中学3年生として、勉強に追われる毎日だった。
たまたまその日に、模試の結果が返ってきた。県下有数の進学校を目指していた私にしてみれば、散々なものだった。

「その星の光が、私の先を照らしてくれるような温かいものなら良かった」
「……違ったの?」とフユ。小さく頷いて、私は空を見上げる。
さっきの飛行機雲はまだ残っていた。夕焼けでほんのり紅い雲を、引き裂いて。
まるであの流れ星だ、と思った。

夜の闇を鋭く切り裂いて走った光は、冴え冴えと冷たくて。
私の夢や未来、希望を根こそぎ奪っていくかのようだった。

そして、私は第一志望の高校に、落ちたのだった。

生ぬるい風がゆるく吹いて、フユの綺麗で長い髪を揺らした。
こういうとき、正直に羨ましいなと思う。私の短い髪は、せせらぎに似た優しい風とともに歌うことができないから。
「まぁ、落ちたからといって何ということもないんだけど、それから私は流れ星が苦手なの」
そう締めくくった私に、フユは穏やかな顔で頷いた。
「優しく降る星に抱かれるのは、ナツにはまだ早かったのよ」
「どうして?」
波立たない湖面のように深く静かな声に、私は問いかける。
「これからナツには、重い試練が何度も訪れることでしょう。そのとき貴女が妥協しないように、ちゃんと乗り越えられるように、厳しく切り捨てたのよ」
私は軽く首を傾げる。まったく、フユの言うことはいつも難解だ。
「星は怜悧に光るもの。願い事なんかかけたって叶えてあげない、望みを叶えるのは自分自身の力だと教えてくれるもの。星は何もしてくれない。何かをどうにかするのは、貴女自身なの」
ナツの見た流れ星はきっとそれを教えてくれたのね、そう言ってフユはふわりと目を閉じて微笑んだ。
彼女のなかには何が棲んでいるのだろう。その一部に触れた気がして、私は再び空を見上げた。
フユに導かれるように、星がいくつか夕闇に顔を出していて。
彼らの声が聞こえた気がした。

そう、君はまだ生きてかなくちゃいけない。
愛をもって包まれるのは、まだまだ先。

飛行機雲は、薄くあわく消えかかっていた。





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