続・桜の下には


アキは、あのとき飲み込んだもう一つの疑問を胸に、散りかけの桜を見上げた。

今日はハルはいない。彼は図書館で必死に明日提出のレポートを仕上げているはずだ。
新学期早々に出た今年度初めての課題はなかなか厄介で、アキもそれ相応に手こずったが、物事や思考をまとめることに長けているアキは、なんとか余裕をもって終わらせることが出来た。

桜の花びらがはらはらと風に舞い、見上げれば逞しい幹や枝が桃色の合間に目立つ。
緑の息吹が聞こえるにはまだ早く、かといって優美な花々を振りまいているわけでもなく、ひどく儚い状態で、それでもしかと地面に立っている桜に嘆息して、アキはその根元に腰を下ろした。
目の前を舞い落ちるひとひらの花びらを、そっと手のひらで受け止めてみる。
淡く色づいたそれは、かすかに流れた春風に掬われて再び舞い上がり、何処かへと消えた。アキはしばらく目で追っていたが、見えなくなると諦めたように視線を地に落とした。
しばらくして。 聞こえた声に。弾かれたように顔を上げた。


「桜って本当は白いのかもしれないね」
これから生命の躍動する夏を迎えるというのに、寂しささえも感じられる散りかけの桜を遠くから眺めながら、少女はそう語りかけた。
桜の根元には、幹に背を預けて項垂れるように地面を見つめる一人の少年が居た。
彼はびくんと顔を上げ、少女とまともに目が合った。

かちりと。
その瞬間、一瞬だけ、時間が止まったように思えた。


少女はフユと名乗った。春という季節が嫌いなのだという。
「だから終わってしまってせいせいするわ」
ふわりと笑って、フユはアキのすこし離れた隣にすとんと座り込んだ。
他人に必要以上に近づかれることを恐れるアキの、それは本当にぎりぎりの距離だったけれど、不思議といつもならこみ上げる不快感もなく、アキは安堵の息を吐いた。
心地好い時間だった。 しばしの間を静寂が支配して、桜は絶え間なく生涯を閉じ、アキが先に口を開いた。
「桜は、白いね」
「ええ、白いわ」フユが相槌を打つ。

そう、桜はもともと白いのだろう。
紅く淡く染められて、―――穢されたのだ。

「血の色ね」フユが言う。
「そうだね」アキは頷いた。

そうして二人は、穢された桜の美しい花びらが、その全生涯を終えるのを見届けた。

それは、人間の色だから。





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