句集 櫨径 (4)  平成8年10月発行

春(23句)
手のひらに消ゆるいのちや春の雪
うぐいすの姿かくしてやぶ椿
盆梅展古木盛りて鉢のなか
しばらくは春の雪降る竹林
髭面のパンジー揃ひてお出迎へ
万葉の息吹くまんさく鵺代(ぬえしろ)
植え込みの小さき春やビルの谷
姫辛夷咲ける頃かと廻り道
山里やつばくろ帰るなじみ宿
川暮れてしばし菜花の水明かり
風迅し昨日の辛夷消え失せて
六十の門ゆき過ぎて春の雨
雪解水いくつ川経て春の海
満を持す桜パノラマ天守閣
払へども傘に残りし花吹雪
前山に桜色ありて多度の道
巣燕や土間に古りたる人力車
母の背にひらり花散る車椅子
春たけて水都の句碑のぬくさかな
耕して播きて雨乞う多度の宮
早苗待つ水面いつしか街路灯
春暁の水田に犬の立つ不思議
春遅し外湯に揺らぐ白き峰


夏(34句)
若葉風駿気みなぎる多度山辺
緑陰に鯉泳いでや水門川
上げ馬に祈る里人さんざめき
風はらみ舞う鯉幟川上る
多度の杜駿馬跨ぎし勇者かな
杜若今も昔もこの時季ぞ
雨過ぎて雫こぼるる紅薔薇
八橋や渡り歩けば古街道
野点する桑名城址や花菖蒲
青紫蘇に触れて一息昼の雨
栗咲きぬただ白々と夜を占めて
紫陽花やあきうの滝の小糠雨
下校児の傘に運ばれかたつむり
(くちなし)の甘き香りや梅雨晴間
青梅を雫もろとも採りにけり
梅雨晴間一筋それて苔の径
浄蓮の滝滔々と茂り消す
友帰る草籠りして山待てり
鴨涼し水のみどりの深ければ
念の為二つ叩いて西瓜買ふ
松島や沖に白帆の朝涼し
宵山や至宝見たさに人分ける
雷雨去りて山残りたる飛騨の里
涼感を床に流せり貴船川
神宮の清めの水やしばし涼
草いきれ取っ組み合ひし友のこと
鳴き止みて須臾(しゅゆ)の涼あり蝉時雨
百日紅花の命を誰や知る
送る目と笑顔の潤む帰省かな
晩涼の鉄路しづかに猫の影
五條坂打敷購ふ夏日かな
やっかいな仕事を終えて冷奴
蝉いつか途絶えて道の暗さかな
行く夏や旅のなごりの地図閉ぢて


秋(41句)
踊る手のほとり冷まさん宗祇水
伊賀の里ひぐらしやみて日の出かな
母のなきふるさとひろし盆の月
ひぐらしや淋しさ運ぶ寺の庭
紅き帯妻はやぐらで盆おどり
汗拭きつ外湯巡りて秋暑し
夕風や稚児の合掌盆提灯
新涼の国宝一つツアー客
皿蕎麦に魂を預けし盆の旅
経机紅ひとひらの送り盆
コスモスの秋来告げしビル谷間
盆過ぎてつがいの蜻蛉軒の下
鬼面川小町写して秋桜
赤とんぼ子らの家路のなほ遠く
稲の穂の恵みささやく朝の径
小枝打ち秋の大空拡げたり
実をつけて朝顔伸びを控えをり
逝く日々の風の軽さや彼岸花
街角の騒音とぎれ虫の声
また元の二人の秋や吾子嫁ぐ
コスモスの溢れて露地の夕明かり
仲秋に友の便りや菓子届く
秋刀魚焼き煙に慕うなつかしさ
庵守る翁の語り萩の花
境内に琴も流れて観月会
ふと目覚め金鈴と聞くちちろかな
秋あざみ岬は沖へ走りけり
お岩木に紅をさしたる林檎かな
天高く芋煮の鍋や友集う
伊勢伊良湖伊豆をしたがへ鰯雲
水澄みし大正池の枯木かな
銀輪の行き交ふ町や菊匂ふ
地を借りて日輪描く公孫樹かな
たわゝなる枝ごと柿の届けあり
故郷に訪う墓やななかまど
土塀越えて赤きを誇る熟柿かな
山雀のかえる木もあり昼の月
谺して秋の谿縫う汽笛かな
目白まつ庭木のかなた冬近し
もてなしの和菓子に添えし紅葉かな
夕映えに駒岳透きて冬近し


冬・新年(37句)
灯の入りて石塀小路の時雨かな
木枯に今年の枝のまづ揺れて
夕映えや銀杏並木に舞う落葉
川面より湯気立ち上る朝明かな
灯を消して異変の年の落葉焼く
本棚に並べたまゝで十二月
アンテナに停まる羽にも風の寒
堂守の独り茶を煮る冬至哉
氷雪の玲瓏たるや奥穂高
「幾つなの」「指ひとちゅなの」日向ぼこ
パソコンも話題にしては鍋かこむ
顔面で煤払ひしか若き僧
殊更に買うものもなし歳の暮
大晦日ひととき憩う露天風呂
のし餅を切りて一とせ終へにけり
御神火の火の粉の先に年立ちぬ
知多道をたゞひたすらに初明り
としあらたほゝうつ風も庭石も
上達をピアノに願う鏡餅
丸餅や相性良くてお飾りに
ひび割れし餅が雑煮や寒の入り
客絶えて門に飾りし餅浸す
成人を祝い眩しき薄化粧
寒月や影道連れの千鳥足
日のさして雪野に()るゝ棚田かな
寒さなか響きし鐘に猿の群
木曽谷も慣れてをかしき冬籠
怪獣の牙と化したり寒の瀧
寒椿誰をはげましここにあり
海に降る雪は果てなし波の音
しわぶきの落ちて伺堂の寒さかな
明け近しホームの端の薄氷
ふる里の雪の写真を仏前に
寒雷にふと明かしたき胸のうち
山里に瀬音ひびきて春近し
柊も雪にかくれて鬼逃げず
豆まきや鬼の肩にも雪舞いて

第4集 完