句集 櫨径 (5)  平成9年10月発行

春(33句)
跳ね上がる魚を買いし建国日
春めくや噴水に音よみがへり
島々の北側のみの残り雪
乳飲み子の二人揃へり雛祭
ころころと仔猫の戯れる雛祭り
はからずも参詣叶ひ修二会かな
春嵐向いのホームと遠会釈
鎮魂の戦史刻む碑花の雨
疾風(はやち)白き灯台たじろがず
巡礼を堂にとどめて花の雨
花びらの散り敷く池や鯉の列
紅すもも一刻早し花見客
佳き人の残り香もあり花朧
休日の区切りとなりぬ花の雨
正門につづく花道転勤す
春きたる花、花、花のスリランカ
春宵もヘールポップの旅路かな
湯上がりの春愁星の話など
春半ば田県の奇祭かつぎ切り
サーファーの胡蝶(すだ)くや御前崎
柿若葉菜花たんぽぽ美濃路かな
展望の大揖斐茶園より展け
うららかや茶畑うねりとめどなく
谷汲の石段香る春の息
磯の香や鴬わたる鎧崎
山椒摘む竹の子飯に添へるだけ
柿主のゆらり帰るや揖斐の春
ベル鳴りて春眠破りしは誰ぞ
(いか)のぼり夕空紺や糸の先
谷汲や山の賑わい春情しむ
石楠花や較べてをかし女人寺
春情しむ古き茶店に旧き友
くる夏を旅終りしと心待ち


夏(43句)
柊の葉先するどし若葉雨
薫風の古都に出会へし香炉かな
桜の実行き交う人の縁結ぶ
大鳥居まで真直ぐなる道薄暑
枝切りて陽またかえる若葉かな
薫風や魚拓に反りし鯛のひれ
山青し故郷の筍噛みごたえ
なき母の仕ぐさを想う新茶かな
谷汲や車窓溢るる柿若葉
万歳を緑で叫ぶポプラかな
黄昏れて水にぼんぼり花菖蒲
万緑や五十鈴川瀬に鯉錦
牡丹満つ廊に従う初瀬の寺
梅雨の入りやり過ごしたきバスの来る
城跡の写生大会梅雨晴れ間
花嫁の顔生き生きと夏至の雨
椰子の葉の木洩れ陽青しインド洋
鎮魂の碑は碇なり木下闇
雀らの走る水辺や梅雨晴るゝ
三世代七月四日五番街
浜風にまだ鎮まれりねぶたかな
夏木立鉄路の果ての里の駅
漁り火にしかと岬の灯夕端居
葦簣売り過ぎゆく町の白さかな
ほとばしる水に焦がれてダムの虹
夏の天四国カルストジャージー牛
試みと言へどなかなか夏野菜
緑陰の芝にまろびつ子鴨かな
滝巡る名張の渓に河鹿聞く
炎天下木立の街に蝉しぐれ
境内に風の道あり夏落葉
指先のなぞり判別句碑涼し
無人駅停車の窓に蝉しぐれ
なにげなき会話さえぎる蝉の啼声
十三湊蛤ほどの夏蜆
空蝉を蟻の踏みゆく炎暑哉
のど渇き熱き血すするトマト畑
ご朱印を賜り蔵王堂涼し
宵祭金髪の子の撥捌き
深緑に色沈めける光堂
蒼滝のしぶきは踊る夏木立
子ら去りて書を開きおり水中花
遠花火土手に犬抱く女かな


秋(30句)
賑やかに回り灯篭盆迎え
食わずして眺めていよう盆の桃
多聞山磯の香りの盆の月
秋立ちぬ来し方想う勤めかな
自帝の昼の野天湯いなびかり
煌めきて遡上飛来の秋の川
肩の子の笹の葉手折る天河
一服す如庵に繁し法師蝉
幼子の弾むかけ声神輿かな
父の書を床に今年も法師蝉
黒き門入りて藤村堂は秋
渦に入りてあそべる泡や水の秋
長き夜や目前平語丸い月
コスモスの咲き占めてゐる平和かな
無惨にも崩れし磴や葛の花
境内に銀杏拾う老と子と
木犀の匂へる朝の会議室
流鏑馬や紅葉の樹々と人の垣
蝉榔の己喰はする月夜かな
梅もどきはぜたる空や忍野富士
青去りて桜紅葉に主張あり
秋の山紅く染め入る葉先かな
真向かいの山紅葉してかつ夕日
日に朽ちて草堂秋に染まりけり
紅葉冷え湯けむりのばる桂川
流るゝも映るも紅葉渓深し
舞子ゆく通天橋で紅葉狩
ひと歳の去りぎわ装う照紅葉
日の暮れは泣く児らばかり秋の風
秋探し是より北は木曽路なる


冬・新年(40句)
短日や電話片手にはんこ押す
Tシャツで雲のさまにて冬を知る
よく滑る落葉の径の淵にでる
小春日や縁さきで切る爪の音
完璧の落葉求めて遠廻り
柚子の香の溢るゝ窓や寒の月
三つ四つ柚子浮べたり沈めたり
柚子ひとつ枯葉の庭に残りけり
鬱屈を呑んで果てなき師走かな
こと終へてやみに静まる落葉かな
冬がまえ茶店を囲う東寺かな
谷汲線終着駅の冬紅葉
ケリ鳴きて冬田に暮るる茜空
書院まで作務衣干したる冬日哉
初雪といへど青竹折れるほど
さりげなく過ぎ行く年の重さかな
サンセット南の島に除夜の鐘
身を投げて追儺の鐘をつきにけり
あらたまに仏歯寺詣でて夢託し
読初の地の巻にして半ばより
ふるさとの昔のままの蜜柑むく
久々にまなこを閉じて日向ばこ
鮟鱇の髭もありたる鍋の味
木曽の夜は炉を真中の部屋にあり
冬陽落つ冴え返へ光る知多の海
臘梅や首疎めたる影二つ
丹念に海辺辿りて冬の旅
サリー着し妻の笑顔や冬好日
雪道に振向き想ふ過去の距離
相輪の半月抱く寒さかな
線描の鋭く切れし冬木立
旅の空また巡り会ふ冬帽子
公園に残る手袋オリオン座
霜柱踏みし感触遠くなり
雪の朝偉容迫りし伊吹山
寒月に樹形を誇るビル谷間
大雪やバス待つ人に歩く人
片浜や海鳴り遠き冬晴日
一月の岬たづねて菜花膳
冬萌の現れる小径となりにけり

第5集 完